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蔵元訪問記 酒商山田 蔵元訪問記
店主が訪れた蔵元をご紹介します。
(2003年)

【神奈川 熊澤酒造 訪問】

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2003年12月03日(水) 神奈川の熊澤酒造の入り口です。

 神奈川の茅ヶ崎にある熊澤酒造を訪問してきました。去る6月に熊澤社長と五十嵐杜氏がご来店され、若い蔵元と若い杜氏の酒造りに対する熱い想いを伺いました。一度今年中に蔵にお伺いしますとのお約束をしており、今回の訪問となりました。この蔵では、造りを最大限500石までの造りしかできないように改造し、元の蔵の一部でベーカリーや地ビール、レストランを併設されています。酒蔵、ビール工場、ベーカリーがどのように運営されているのか興味をもって訪問しました。

【山形 竹の露酒造訪問】



2003年10月17日(金) 。

 地元では「竹の露」の名前で知られる銘譲蔵ですが、最近は「白露垂珠(はくろすいしゅ)」という名前の方が全国的には知られるようになりました。写真は次期蔵元の相沢ご夫妻です。5月の全国新酒鑑評会の折にお立ち寄りになり、色々とお話を伺いました。蔵のある山形県庄内地方は日本有数の穀倉地帯。仕込み水も月山水系の清浄な天然水を使用されており、原料米は酒造好適米「山田錦」を始め「亀の尾」「美山錦」「京の華」「改良信交」「雪化粧」など多くの米を用いて酒造りをされています。それぞれの米は今までの酒造りから蓄積された技術に基づき、フレッシュで爽やかな味わいの酒が生まれています。




【山口 永山本家酒造 訪問】

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2003年04月28日(月) 山口 貴の永山本家酒造。

永山本家酒造の事務所です。山口の宇部インターから車で約20分のところに位置します。以前会社勤めの時、山口にも3年勤務しこの周辺の地理は少し判っていましたが、その時には山陽自動車道や宇部小郡線はなかったため、少々道に迷いました。道路の傍からこの永山本家酒造の事務所が見えた時には、かなりびっくりしました。通常の蔵のイメージとはかなりの違いがある立派で重々しい建物です。
 蔵はこの建物の裏側にあります。仕込み蔵の屋根も大きく、立派なものでした。後で聞いてみると、この建物、以前はこの地域の役場だったそうです。どうりで重厚感溢れる、「酒蔵」とは趣が異なる建物ですよね。
(この写真は今年3月にお伺いした時のものです)

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2003年04月29日(火) 永山本家酒造場。

事務所の裏にある永山さんの酒造場です。大きな屋根、堂々とした建物です。永山本家酒造場は、代表者がお父さん、お兄さんが営業、貴博さんが杜氏をされています。代表銘柄は「男山」で、地元の宇部市二俣瀬を中心に愛されている清酒です。昨年から貴博さんが杜氏として活躍されていますが、それまでは当店森澤の蔵「安佐泉」の元杜氏さんが安佐泉の後にこの蔵の杜氏をされていました。その意味で、永山さんと私共はご縁がある蔵なのです。昨年はじめて世に出た「貴」は取り扱いの各店で評価を受け、今年も高い評価を得ていますが、全体の本数が少なく蔵の柱となる商品とするには、毎年少しづつ「貴」を増やしていかなくてはなりません。今後も多くのお客様から支持されるお酒となる事を願っています。

【熊本 熊本県酒造研究所/天草酒造 訪問】

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2003年03月12日(水) 九州の熊本。

日曜の朝広島を出て徳山に向かい、徳山から周防灘フェリーに乗り約2時間で大分の竹田津に着きました。大分の焼酎蔵に伺い、お話と造りを拝見したあと由布院高原に行き遅い時間の昼食です。この店は昨年大分の蔵訪問をした折に立ち寄れなかった店で、今回は予定の方向を逆戻りしての訪問です。(地鶏の炭焼き旨かった)その後、別府の明礬温泉で湯に浸かり、熊本へ向け出発です。道中、鶴見岳と由布岳はある線から樹氷となっており、高速の道中だった為、写真には取れませんでしたが、何とも言えない幻想的な風景でした。その後、やまなみハイウェイを通りましたが、峠では積雪がかなりあり、ひやひやの運転でした。日曜日だからどこか空いていると思っていましたが、この日は黒川温泉を始め有名どころはどこも満室。同行の小山マスターが行ったことのある栃木温泉に宿をとりました。宿には午後7時30分に到着。囲炉裏での楽しい夕食となりました。お酒はこの日に伺った大分の麦焼酎をストレートでぐいぐいと飲みました。

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2003年03月18日(火) 熊本 香露 熊本県酒造研究所

熊本の外輪山を後にし、熊本市内へ。熊本市内と言えば「香露」熊本県酒造研究所があります。熊本県酒造研究所「香露」様とは既に10年近く前からお取引をさせて頂いておりますが、未だお伺いした事がなかった為、お電話を入れ、訪問させて頂く事にしました。場所は熊本県熊本市島崎1-7-20にありますが、中心部から熊本城を抜けトンネルをくぐった直ぐ先にありました。市街地ではかなりの坪数があり、立派な煙突と大きな瓦の屋根は大変目立ちます。
 熊本県酒造研究所は大正7年に創立。その前身は、明治42年熊本県産酒の主たる「赤酒」からの切り替えの必要性が高まり県内業者が力をあわせて品質向上の研究所を設立。大正7年に株式会社組織に変更、以来急速に県内清酒の品質は向上し全国1位も度々獲得しました。野白金一博士(1876年〜1964年)は「吟醸の神様」と呼ばれている方ですが、この研究所の社長として腕を振るわれ、香露を全国の銘酒に育てると共に、「野白式天窓」を考案、業界全体の発展に大きく寄与されました。また現在でも銘酒造りの条件として確固たる位置付けとなっている「YK35」の「K」熊本9号酵母の発祥蔵でもあります。
 写真は蒸場から入り口を撮ったものです。地震対策から鉄骨で補強されていますが、蔵内は極めて清潔に保たれています。

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2003年03月24日(月) 熊本ラーメン こむらさき。

熊本でラーメンを食べようという事になり、人気の「こむらさき」に行きました。熊本の中心部には何店かあるようですが、中心部のお店に行きました。麺はほんの少しだけ細目の自家麺。
口の中での触感、歯ごたえ、ノドごし、スープとの相性まで試食と研究を重ね、そして出来上がった麺だそうです。シナチクときくらげは、本場中国と台湾から輸入されたもの。スープは、トンコツをベースに、アクと余分な油をカットしたものに、滋養豊かなにんにくをみじん切りにし、独特のロースト法で風味を引き出した細かなニンニクチップが入っています。
 さて味わいですが、思ったよりスープはあっさりめ。スープのイメージは濃く旨味が十分にのっている感じを思っていました。ニンニクチップの香ばしい風味とさらりとしたトンコツスープが熊本ラーメンの特徴なのでしょうか?

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2003年03月24日(月) 熊本 天草酒造訪問 その1。

熊本市を後にし、いざ天草へ。熊本を出るのは12時頃の予定でしたが、ラーメンと「壱の倉庫」という元酒造業の建物を街中に移築した雰囲気のいい場所で珈琲を飲んでしまった為、出発が午後1時半になってしまいました。予定では2時間位と思っていましたが、途中の渋滞もあり、天草下島新和町に着いたのは午後4時半を回っていました。蔵はこの写真の中央にありますが、大自然に囲まれた中に位置しています。集落は10軒ほど、写真の手前には海が広がっています。海が近いのですが、ご覧の通り蔵の直ぐ後には山々が連なっており、仕込水は大変良質のものが湧き出ています。蔵につき車を降りて蔵に向かって歩いていると、蔵のスタッフの方々(地元のおじさんやおばさん達)から「こんいちは!」という大きな声で迎えて頂きました。

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2003年03月25日(火) 天草酒造 その2.

この蔵では平下社長下、豊さんという25歳の息子さんと岩下雄二郎さんという若い2人が中心となって蔵を引っ張っておられます。蔵はとにかく清潔そのもの。社長が焼酎は食品と一緒、徹底した品質管理と製造機具に愛着を持って手入れされている為、かなり年代ものの酒造用具でも新品と見まちがう程に手入れされています。醸造の設備も蔵の規模からは驚くほど、しっかりとした設備が整っていました。蔵の皆様の動きを見ていても、その真剣さが伝わってきます。そしてお一人お一人の笑顔。お造りになる焼酎に愛着と自信を持っていらっしゃるのがビンビンと伝わってきます。写真は麹室です。
 この晩は社長自らが海にて捕ってこられた新鮮そのものの魚と旨い天草で家族の皆さんと共に楽しいひと時を過ごさせて頂きました。

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2003年03月29日(土) 天草四郎時貞

天草からの帰路、天草四郎時貞の像を見つけました。天草四郎メモリアルホールの近くです。「天草四郎時貞」は天草島原の乱の総大将として名づけたもの。本名は父の姓による「益田四郎」。異名として母のほうの姓による「渡辺四郎」。一揆直前の「江辺四郎」、一揆の最初の本陣地による「大矢野四郎」、将軍に対抗した「天草四郎家貞」などもあるとの事。

【石川 天狗舞 訪問】

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2003年02月16日(日) 石川出張

月曜日、石川に行ってきました。大阪まで新幹線で行き、北陸本線に乗り換えました。京都を出た所で人身事故があり約1時間停車。福井を過ぎた所でお昼を過ぎ少々お腹が空いてきました。列車での旅は駅弁も楽しみの一つです。ワゴンを引いてきたお姉さんに聞くと5〜6種類の弁当の名前。その中で特に耳に残ったのは「カニめし」と「甘海老鮨」。今回は「甘海老鮨」を頼みました。流石北陸、甘海老の鮮度もなかなかのもので、あっという間にたいらげてしまいました。

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2003年02月16日(日) 天狗舞 車多酒造訪問。

石川県を代表する銘醸蔵「天狗舞」は、金沢の手前松任市にあります。松任駅からはタクシーで約10分。天狗舞を取り扱いはじめて既に10年が経過しますが、蔵元訪問は実は今回が初めてです。今年は「天狗舞」車多酒造の創業180周年にあたり、専務の一成さんから蔵見学のお声をかけて頂きました。列車が1時間遅れた為、蔵に到着したのは予定より20分遅れてしまいましたが、私が着いた時に丁度蔵見学が始ったところでした。
 霊峰白山から流れ出る伏流水と加賀平野に実る良米を用いて天狗舞は醸されます。天狗舞は自然の恩恵を受ける松任の地で醸されてきた地の酒です。創業は文政六年(1823年)。初代蔵元 車多太右衛門さんが諸国行脚の折に口にした各地の酒の旨さが忘れられず、自らの居するこの地に酒蔵を構え、旨い酒をとの一心で酒造りをはじめられたそうです。その頃、蔵はうっそうたる森に囲まれており、木々の葉のすれあう音がまるで天狗の舞う音に聞こえたそうです。その謂れから、《天狗舞》の酒銘は生まれました。

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2003年02月16日(日) 天狗舞 麹室

天狗舞の麹室です。この麹室は山廃純米や柔など主力の酒の麹を造る室です。写真左の方はご存知「中三郎」杜氏です。能登杜氏四天王の一人としてその技量は業界では一目も二目も置かれる方です。麹とは米に麹菌を繁殖させたものです。麹に生えている麹菌が造り出す酵素がお米を糖化します。天狗舞の麹は、全て手造り。微生物の麹菌と対話をするかのように、麹造りは行われます。

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2003年02月17日(月) 天狗舞 大吟蔵。

天狗舞の大吟醸を仕込む蔵です。この日も純米大吟醸がモロミの状態で繊細できれいな香りを放っていました。この蔵には通常入れないようで、今回は特別に見せて頂きました。
蒸米と麹と水に、酒母を加えて糖化と発酵を行わせる物をもろみといいます。もろみは三段階に分けて仕込まれます。約一ヵ月間、もろみの声を聞き、状貌を見つめながら育みます。そして、もろみは徐々に酒へと姿を変えていきます。
 この蔵から生まれる酒は天狗舞のフラッグシップとなる銘酒です。ここで生まれたお酒は今年の5月頃から出荷が始ります。

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2003年02月17日(月) 天狗舞 石蔵です。

専務の一成さんが中心となり、若い岡田謙治杜氏と二人三脚で醸し育てているのが「石蔵」シリーズ。その石蔵シリーズの酒はこの石で出来た蔵で醸されますが、蔵では「岩蔵」と呼んでいるそうで、昭和初期に建てられました。石蔵の前のスペースに槽が2槽あり、またこの蔵の横に薮田式の搾り機があります。今回は槽でしぼったものと薮田でしぼったものを試飲しましたが、槽でしぼったものはガスが抜けており、薮田のものはガスを含んでいました。槽でしぼると酒の中のガスが抜けるそうです。
 天狗舞には「吟こうぶり」という720mlの酒がありますが、基本的には山田錦35%ものを詰めるようです。鑑評会への出品は通常山田錦40%ものを出品するようで、出品が終わると貯蔵にまわされ「古々酒」として3年後に出荷されるとの事でした。

【長崎 壱岐 訪問】

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2003年02月06日(木) 長崎 壱岐 訪問。

1月26日(日)から27日にかけて長崎の壱岐に行ってきました。壱岐ば麦焼酎の故郷。米:麦=1:2の比率で仕込まれ、且つ壱岐で造られたものには「壱岐焼酎」の特定名称をつけることができます。
 朝8時40分の新幹線で博多に行き、博多港から壱岐の芦辺へ。ジェットホイルで70分で到着です。壱岐は長崎県にあり、相当な時間がかかるのかと思っていましたが、福岡から約1時間。広島から3時間もあれば到着します。壱岐では地元の酒販店林田さんにご案内をしていただきました。昼食は生きの良い刺身定食を食べ、最初の訪問蔵「サルコー伊豆酒造場」へ。

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2003年02月06日(木) サルコー伊豆酒造場

小雨が降る中、最初に訪問したのは「猿川(サルコー)」さん。外見は昔ながらの小売りのお酒屋さんという感じです。写真は蒸留器ですが、蔵はこじんまりした何故かほっとする空間です。奥様に案内されて暫くすると社長兼杜氏の伊豆平さんがお見えになりました。白髪で静かな語り口の社長様です。蔵は明治36年に創業。高校3年の時に突然お父様が他界され、後継ぎに。その後独学で焼酎造りをされたそうです。
 「サルコー」はこの蔵の真下に流れる川の名前に由来します。まさに座ってお話を聴いていたのは小さな川の上の空間で蔵自体が小さな「猿川」という川をまたいで建っていました。蔵の位置する町は谷になっており、猿川の地下水は塩分もなく良質な水が湧くそうです。伊豆社長のモットーは「常に平常心で根気よく。押し売りはせず、常に消費者に向き、求められる所に商品をお送りする」だそうです。「機械化はそこそこ、手を入れ、焼酎菌と会話をしながら仕込むんですよ」社長の言葉に猿川の造りの想いが込められています。

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2003年02月06日(木) 壱岐の華、物部の壱岐の華酒造。

猿川酒造場から約1km下った所に「壱岐の華」があります。壱岐の華さんとは既に10年近く前からのお取引があり限定酒「物部」を取り扱わせて頂いております。創業は明治33年。現在は約2000石の製造をされており、専務の長田浩義さんを中心に3人で仕込みが行われています。このお蔵は昭和60年に蔵を新築。2階に米麹用の1,5トンのドラムと麦用の1トンと2トンのドラムがあります。米麹用のドラムは製麹まで行われ、三角棚はありません。最小の人数で効率的に且つ今までの経験から壱岐の華の目指す味わいの焼酎「常圧にこだわり、壱岐焼酎の特徴である米麹の大麦の風味を生かし、原料の特性を追求した焼酎」に仕上げていきます。この蔵の焼酎は壱岐の華で2年、物部で3〜4年、初代の名前をつけた嘉助は5年、樫樽は8年の熟成期間を保っています。

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2003年02月09日(日) 天の川酒造訪問

壱岐の華酒造を午後5時過ぎに後にし、天の川酒造に向いました。天の川酒造はかつてはかなりの量を製造していたようですが、現在は1000石を下回っている製造量です。日曜日でお休みだったにもかかわらず、西川社長は笑顔で出迎えて頂きました。昭和53年に現在の地に移転され、蔵は想像以上の大きな建物です。社長は昭和37年生まれの40歳。率先して焼酎造りをされています。他の蔵と異なる所は、麹造り、コンクリート製の麹室の中には、車輪のついた三角棚が数台あり、箱のしたに穴を開けて空気調節をしています。水質は猿川、壱岐の華が硬水に近い水なのに対し、天の川と山の守は軟水に近いものです。蒸留は常圧のみ。蒸留後は屋外タンク、屋内タンクと移し、最低でも4年以上は寝かせて出荷されます。天の川の柔らかさは水質と貯蔵によるものだと思います。
 この蔵で面白い焼酎を見つけました。さてどんな焼酎なのでしょう?

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2003年02月09日(日) 天の川 しめの尾。

天の川では色いろと焼酎の利き酒をさせて頂きました。どれも口当たりがよく米麹からの甘い香りと麦からの香ばしい味わい。樫樽貯蔵をブレンドしたものは、ほのかな樽香が心地よい味わいでしたが、その中の一つに特に香りが繊細かつ品があり、口当たりが特にまろやかなものがありました。これは何ですか?と問うたところ、「しめの尾と名づけた1981年の蒸留のものです。」との答えが返ってきました。伺ってみると1981年に蒸留したもので、既に21年が経ていた焼酎でした。この商品は現在殆ど島外には出ていないとの事。早速社長に交渉し、販売させて頂く事になりました。