![]() |
酒商山田 蔵元訪問記 店主が訪れた蔵元をご紹介します。 (2002年) |
![]() 2002年08月27日(火) ,黒糖蔵元紹介その1. 黒糖焼酎の蔵元紹介、その1 喜界島の朝日酒造、喜禎浩之・ルミさんご夫妻です。広島にもお越しいただいた事がりますが、黒糖の蔵元の中でも特に元気な蔵元の1つです。喜禎さんのお父さんは朝日酒造の社長でもあり、同時に奄美大島酒造組合の理事長も兼務していらっしゃいます。最近人気の「壱乃蔵朝日」「飛乃流朝日」は喜禎浩之さんの発案と造りによるもので、食中で飲める黒糖酒をコンセプトに造られたものです。ルミさんの大島紬が素的ですね。 喜禎ご夫妻は、元気で明るいお似合いのカップル。浩之さんが飛んで行かないようにいつも夫婦で仲良くいらっしゃいます。 ![]() 2002年08月27日(火) 黒糖焼酎蔵元紹介その2.富田酒造です。 黒糖焼酎の中で、40個の甕で黒麹を用いて兄弟3人で仕込まれています。富田酒造の銘柄は「竜宮」ですが、香りは南国のフルーツを想わす甘い香り、しっかりとしてまろやかな深みを感じる黒糖焼酎です。写真は富田専務ですが、造りも専務を中心にされています。お人柄はたいへん気さくで楽しい方です。10年位前から「甕」の時代がくるとの思いから「甕」と「黒麹」に拘った造りをされてきましたが、現在は人気から入手困難になりつつあります。 ![]() 2002年08月27日(火) 黒糖焼酎蔵元紹介その3.山田酒造です。 山田酒造はわずか150石の生産量。山田酒造は水に拘り、鹿児島の霧島山中に理想の水を見つけ、独自のテーマを持った黒糖焼酎造りをされています。左が山田社長、右がご子息の隆博さん。隆博さんは東京農大を卒業後、東京の卸で修行ののち、2年前に蔵に帰られました。現在鹿児島の黒瀬杜氏について修行をされておられますが、将来は自分自身の焼酎を造りたいとの夢を持たれています。 代表銘柄は「長雲」ですが、ソフトでくちあたりのよい味わいは当店でも人気上昇中です。
![]() 2002年06月25日(火) 竹原 竹鶴さんの蔵です。 先週の日曜日、三原のみはらし温泉に行き、帰り道、竹原の町並み保存地区に立ち寄りました。この地区に堂々として落ち着いた佇まいをみせるのがこの「小笹屋竹鶴」です。古くは竹原は製塩の盛んな地でしたが、竹鶴さんも「小笹屋」として製塩業を営んでおられました。ある時家裏の竹やぶに鶴が飛来して巣をつくった事を「古来、松に鶴と聞くとも、竹に鶴とは吉兆なり」と喜び「小笹屋竹鶴」と号しました。江戸時代の享保18年「酒株」を得て酒造業を始め、約260年間酒造業を営んでおられます。明治に入り、当主が「竹鶴」と名乗り、酒銘も「竹鶴」としたため、蔵元名と酒銘が一緒という全国でも珍しいことになっています。ニッカウヰスキーの祖で日本のウイスキーの父と言われる竹鶴政孝の生家でもあります。 (この写真を撮っていると偶然竹鶴社長が写真右手のご自宅から出ていらっしゃいました。写真だけ撮っておいとましようと思っていたので、びっくりしました。)
![]() 2002年06月15日(土) 鹿児島 晴耕雨読の佐多宗二商店です。 晴耕雨読の佐多宗二商店に伺いました。この4月に当店にご来店になりましたが、一度お蔵にも伺うお約束をしており、今回の訪問となりました。佐多宗二商店は、鹿児島の薩摩半島、揖宿郡頴娃町(イブスキグン エイチョウ)に位置しますが、温泉地として有名な指宿市(イブスキシ)は車で30分程南下したところです。南薩摩はさつまいもの産地として有名ですが、この頴娃町は屈指の名産地です。この名産地から生まれたのが、「晴耕雨読」。地元の黄金千貫で仕込み、若干の米焼酎をブレンドした焼酎ですが、切れ味のよいすっきりした味わいの仕上がりとなっています。 ![]() 2002年06月15日(土) 佐多宗二商店の矢部雷太さんです。 先日ご来店され、今回は蔵をご案内いただきました矢部雷太さんです。世界的に有名な声楽家にも似ているし、町で人気のフレンチレストランのオーナーシェフのようにも見えますが、実は焼酎造りの情熱家です。最初お会いした時には、私よりいくつ上?と思っておりましたが、なんと33歳!貫禄十分の矢部さんです。佐多宗二商店の焼酎造りのコンセプトは、全国市場を念頭におき特に女性と都会がテーマです。マーケティングや営業努力を惜しまず、大都市圏の居酒屋レストランに積極的に進出し、芋焼酎のファンを広げています。ここ2〜3年鹿児島を訪問するたびに思うのですが、若い蔵元や蔵内の人がとにかく「熱い」!この日の前日も鹿児島の天文館で夜中2時まで飲んでいましたが、若い人が明け方近くまで喧喧諤諤、焼酎への熱い想いを胸に意見を戦わせています。これからも焼酎人気は続く気がします。 ![]() 2002年06月21日(金) 佐多宗二商店の甕貯蔵。 佐多宗二商店の甕貯蔵を拝見しました。黒麹仕込みの原酒と白麹仕込みの原酒を試飲しましたが、どちらも角の取れた丸い味わい。この甕は、下に1mも埋もれていますが、甕の口ぎりぎりまで旨い焼酎が詰まっています。この甕の焼酎は秋には出荷となるとの事。その時が待ち遠しい限りです。この奥の部屋には、小さな素焼きの甕に入った長期貯蔵の焼酎が数十本眠っています。こちらも試飲しましたが、何とも言えぬ柔らかさ!ビニール袋がかぶせてありまたが、水滴がついており、甕が呼吸しているのが分ります。試験的に素焼きでないコーティングしてある甕に入れてあるものがありましたが、ビニールには水滴はついていませんでした。さて、この焼酎ははたしていつどのように販売されるのでしょうか?
![]() 2002年06月10日(月) 田村合名会社の桑鶴代表です。 「薩摩乃薫」「純黒」で知られる、鹿児島の田村合名会社にお邪魔してきました。当店では昨年より焼酎を取り扱わせて頂いておりますが、田村合名さんは初めての訪問です。鹿児島から車で約1時間、蔵は開聞岳の近くにありました。蔵のある山川町はさつまいも発祥の地といわれていますが、この地でとれた厳選した黄金千貫で焼酎造りをされています。桑鶴代表は1982年に亡くなった前社長の後を受けて、86年に代表に就任され、現在は指宿酒造組合の理事長他、いくつもの地元での要職を兼務されています。お人柄は優しい「お母さん」といった感じ。前職が保育園の保母さんだからですか?(お父様の経営されていた保育園で)と尋ねると、「結構言いたいことは言うんですよ」と。なんでもてきぱきとこなされる印象はありますが、お話していてなにかしら「ほっ」とできるお人柄です。 ![]() 2002年06月12日(水) 薩摩の薫、純黒の蔵。 10日にご紹介した田村合名の蔵内です。通常の甕仕込みの蔵との違いがお判りになりますでしょうか?通常であれば、甕は地面から25cm前後出ているのですが、田村合名の蔵の甕は70cmくらい出ています。桑鶴代表にその理由をお尋ねしたところ、この付近は地下1m以上掘ると温泉がでるため、掘るのは1mまで。敷地内には温泉の源泉があり、お風呂は天然温泉だそうで、なんだか羨ましいお話です。仕込み水は山からの湧き済みを使用しているとの事でした。田村合名の焼酎は、白麹で造る「薩摩の薫」、黄麹の「鷲尾」、黒麹の「純黒」があり、純黒には1次2次共に甕仕込みの純黒と2次はホーロータンクの純黒があります。最近は白麹と黒麹の無濾過も出されるようになりました。
![]() 2002年05月22日(水) 熊本 寿福酒造を訪問しました。 先日取り扱いを始めさせていただきました、熊本県人吉市の寿福酒造を訪問してきました。蔵元の寿福絹子さんは、球磨焼酎29蔵で唯一の女性杜氏。球磨焼酎が一斉に減圧蒸留に変わった時にも、頑として常圧蒸留を守り続けたお蔵です。現在の石数は約300石。球磨川の傍にお蔵は位置しますが、川の拡張により、元の仕込蔵は取られてしまい、現在はほんとうに小さな場所で丁寧な仕込みをされています。 ![]() 2002年05月24日(金) 寿福酒造の仕込み蔵。 寿福酒造の仕込み蔵です。以前はこの奥に広い仕込み蔵があったとの事ですが、何十年か前の川の拡張に伴い、無くなってしまいました。現在は蔵内の小さな場所にて製造されていあます。1次仕込みは甕仕込み、2次仕込みはホーロータンクですが、こんな小さなタンクは他ではあまり見掛けません。あくまで「手の中で育てられるように・・・」との思いからだそうです。仕込み蔵の中には絹子さんがお描きになった絵がところどころに置いてあります。薄暗い蔵内にあって、ほっと心が和む絵です。今年蒸留した焼酎に櫂入れをさせて頂きました。そうすると中から油脂成分が沸いてきます。小さな玉のように見える油脂成分を絹子さんは団扇で「こっちおいで」と言いながら集められました。それを丁寧に柄杓で掬い取られました。焼酎造りは「子育て」。その言葉に偽りはないように思いました。 ![]() 2002年05月24日(金) 武者返し とは? 寿福さんの蔵の現在の代表銘柄は「武者返し」。以前は「寿」だったそうですが、全国各地に「寿」のラベルがあるため、かなり昔に「武者返し」に変えられたそうです。その理由は・・・。蔵の直ぐそばに人吉城があり、その城壁の上部が「武者返し」になっているからだそうです。蔵からの帰りに早速見に行ってきました。なるほど、これが武者返し!その昔忍者が壁を登ってきてもこの出っ張りによって退散させることができるよう工夫されたものだそうです。これが「武者返し!」1つ賢くなりました。 ![]() 2002年05月24日(金) 絹子さんの「ハナタレ」 絹子さんのとっておき「杜氏きぬ子 初留取り」です。米焼酎と麦焼酎のハナタレで44.9度あります。 それぞれ年間たったの500本しか詰めることが出来ないそうです。冷凍庫から取り出し、注いで頂きました。「旨〜い!」色々と初留取りは飲んでいますが、こんなにも角の無い品は無いほどの絶品!でも今年は既に無いそうです。来年はお願いできるかな?
![]() 2002年05月04日(土) 静岡「喜久酔」青島酒造を訪問。 静岡県藤枝市の「喜久酔」青島酒造を訪問させて頂きました。青島酒造はその丁寧な造りから、銘醸蔵が多い静岡にあっても特に注目をされている蔵です。ご子息の青島孝専務は大学卒業後某外資系の会社に就職され、米国で活躍されていましたが6年前に蔵にお戻りになりました。帰国後広島の醸造研究所にて勉強され、その後蔵にお入りになりました。青島専務とは、広島での研究所時代に初めてお会いしました。青島さんの誠実で実直なお人柄に触れ、また喜久酔のさわりないきめ細かな酒質は私を魅了し、お取引をお願いした次第です。 ![]() 2002年05月04日(土) 「喜久酔」青島酒造その2. 和製ジョン・ローンと言われている?青島専務です。青島酒造は製造石数約750石のお蔵ですが、実際の需要は生産石数を大きく上回る人気の銘柄です。青島酒造の考える酒は食中で飲めるさわりない味わいの酒。酒造りは「自然と向き合い、心を無にして素直な気持ちで愛情を持って育てる。いつも通りの事をいつものように自然に続けていく」こと。今年の造りは杜氏と専務、20代の若い蔵人と共に仕込みました。私がお伺いした折は造りを終わっていましたが、来期の造りに向けての道具の手入れが本当に几帳面に行われていました。これも「いつも通りの事をいつも通りに」なのだと思います。 ![]() 2002年05月06日(月) 喜久酔の仕込み水 喜久酔の仕込み水は大井川の伏流水を汲み上げています。水温は年間を通じて15度に保たれており、水質は軟水。最近は酒造りにあったマンガンや鉄分を含まない良質の水を加工することも出来ますが、やはり酒造りにとっては水は命、良質の水が湧き出るところには銘酒があります。この水を飲ませていただきましたが、ほのかな甘みを感じる滑らかな味わいでした。「喜久酔」の酒に通じる何かがあるような気がします。 ![]() 2002年05月11日(土) 喜久酔の麹室 喜久酔の麹室を拝見させて頂きました。外側はなんと始めてみるコンクリート製。この麹室は現在吟醸酒協会会長の篠田次郎先生が40年前に設計されたものだそうです。篠田先生は色々なお蔵の設計に関わっていらっしゃいました。広島の賀茂泉もそうですが、賀茂泉では蔵の人にとって動きやすい設計となっています。奈良の山鶴さんも先生の設計ですが、実にコンパクトな設計となっていました。喜久酔のお蔵の麹室は先生が若い頃の設計だそうですが、どこも直さず40年間使われているとの事です。
![]() 2002年03月26日(火) 香川 パラダイスツアー 3月21日春分の日に香川パラダイスツアーを企画しました。バスには総勢27名で、丸尾本店見学希望者、中野うどん学校参加者、金毘羅さん参りの3チームが乗り込みました。福山SAと与島PAで休憩後、「ぶっかけうどん山下」で讃岐うどんを満喫、その後、3班に分かれての勉強と観光です。 ![]() 2002年03月26日(火) 丸尾本店 蔵見学その1. 午後1時に丸尾本店に到着。丸尾社長、奥様、ご両親にご挨拶をし、早速蔵見学の始まりです。以前お伺いした折の「木製甑」も健在で、この前で丸尾社長のお話が始まりました。皆造(酒造りが終了)は3月6日にされたとの事。丸尾本店では600K仕込みと1トン仕込みで仕込まれており、通常のお蔵の仕込みに比べ、小さな仕込です。丸尾本店の仕込みは小さなタンクで酒を見守りながら醸す印象です。丸尾社長の頭の中には今年の仕込んだすべての酒の成長具合が頭の中に詰まっています。丸尾本店ではプレハブ冷蔵庫5台ありますが、管理温度は5度〜10度。斗瓶でも5〜6度に置き、熟成も大切との考えをされています。丸尾社長は昨年から製造責任者も兼ねておられますが、忠興の一文字をとった「興(こう)」は昨年も大変な人気。H13BYの造りの第一号の仕込みは「興」でしたが、店頭で即日完売したそうです。悦凱陣の酒は新酒生で飲んで旨い酒と寝かせて真価を発揮する酒があります。今年の新酒はどうでしょう?
|