炭焼串舟メイン

■気まぐれ小説 『旨渋しゃん』 [第一話] 紳士現る [第二話] 再来 [第三話] 出会い
■エッセイ 『やっぱり健康がええっちゃ』 [カルテ1] お風呂の入り方のコツ [カルテ2] 睡眠をコントロールしよう
■コラム『若旦那の袋だたき』 [Vol.1] 言葉遣い [Vol.2] [Vol.3] 地域振興券 [Vol.4] テーマパーク
[Vol.5] 合併問題 [Vol.6] 山口の日本一 [Vol.7] 山口きらら博 [Vol.8]
■コラム『お酒の豆知識』 [No.1] 女性に合う焼酎 [No.2] 本醸造とか吟醸ってなに? [No.3] 二日酔い対策
■短編コラム集 [Act.1] 知ってはならない事実 [Act.2] 若旦那が影響を受けた作品たち
New! ■Joe君の脳みそ8ビット [bit.1] [bit.2] [bit.3] [bit.4] [bit.5] [bit.6] [bit.7] [bit.8] [bit.9] [bit.10]

旨渋しゃんタイトルこのお話は、お酒によって人生が変わり、
お酒を通じて人生を知った男の物語である。

第三話 「出会い」
 夕方の6時を回った頃、店内は一人のお客様を除いて静観としている。開店後30分のこの時間帯は、いつもこんなものだ。一人か二人くればいい。しかし見方を変えれば、店の雰囲気を独り占めでき、店員と語るには絶好の機会ともいえるのがこの時間帯なのだ。
 現在、店内には私と例の紳士の二人きりだ。まさに逃げられない状況とはこのこと。だが、今回勧めるお酒には自信がある。単に店長のお気に入りだからではない。私自身が飲んで自らの舌を確信した程の銘酒であったからだ。

 この紳士はそんな私の想いをかけたお酒の第一人者になったのだ。グラスいっぱいに満たされたグラスを静かに持ち上げ口に当てた。最初の一口目がゴクリと喉を通るのが分かる。以前の彼はここでグラスを戻したが、今回は一口で飲み止めたりはしなかった。強く手に持ったグラスを、カウンターに置く間もないほど早いペースでグイグイと飲み干してしまったのだ。よもや最後の一滴を飲み終えると、紳士はおもむろに私の顔を見上げこう言った。
「美味しかった・・・」
それまで緊張でひきつった顔をしていた私は思わず笑みがこぼれた。バーテンにとって、これほどうれしい言葉はない。薦めたお酒は確かに一流のお酒だ。だが、全てのお客様がそれを気に入るとは限らない。人によって好みというものがあるからだ。また、状況や雰囲気によってもお酒の感じ方はまるで変わってくる。それらの環境が整って初めてお酒が美味しいと感じる。
私は「勝った!」と思った。紳士にではなく自分自身にだ。この満足感こそがまさに勝利の証なのだ。カット1<主人公>

「ガシャっ!」
すっかり自分に酔いしれていた私はその瞬間、ハッと我にかえった。目の前の紳士がカウンターでそのまま寝てしまっているのだ。先ほどの音は飲み干したグラスが倒れる音だった。このとき私はやっと理解した。紳士は極端にお酒に弱かったのだ。
初めて会ったとき、お酒についてはかなり詳しいようだし、お酒そのものも好きだという感じはしていたが、まさかお酒が弱いとは思いもしなかった。「酒好き=酒飲み」とは限らないということか。
 今思えば、以前ここに現れたときお酒を一口しか飲まなかったのは、そのお酒そのものを否定したわけでなく、ホントに飲めなかったのかも知れない。だがそんなことより、今回の紳士の様子をみて痛感したのは「本当に美味しいものなら飲める」、ということだった。これは普段、お酒の飲める人には分からない感覚かも知れない。私はこの紳士に改めて教えられた。今の私は彼に感謝の気持ちこそあれ、以前のように憎しみや敵対心はない。
紳士はしばらくして目を覚まし、静かに立ちあがった。
少しふらつきながらも、最後に慣れない笑顔を見せて私の前から姿を消した。
それから数週間が過ぎた頃、例の紳士から一通の手紙が私の元に届けられた。

カット2<紳士>「先日は美味しいお酒をどうもありがとう。
 今まで生きてきた中で最高のお酒を飲ませてもらったよ。
 お酒自体も素晴らしいものだったが、
 それよりも君が私のために真剣にお酒を選び、
 真っ向から私と向き合ってくれたのがなによりも一番うれしかった。

 それなのに途中で寝てしまって申し訳ないと思っている。
 実は私は医者からお酒を止められていたんだが、
 どうしても最後に好きなお酒を飲んでおきたかった…。
 私の選んだお店は間違いではなかった。
 もう君の前に再び姿を現すことは叶わないが、
 私はあの瞬間が一番幸せだったよ。
 ただ、ただ、君にそれが伝えたかった。君に・・・・・。」

最後の方は字がかすれていてはっきり読めなかった。でも何を書こうとしていたのか、思いは痛いほど伝わってきた。
「どうして・・・う゛・・・くっ・・・」
言葉にならない言葉が私の口からこぼれる。気がついたら目も泪でにじんで、周りがボヤけて見えない。自分でも抑えられないほど気持ちが高ぶっていたのだ。

名前も住所も分からない、ただのお客のはずなのに…。最後の最後で私は自分に正直になれた。一杯のお酒を通じて私が本当に望んでいたこと、お酒と人との繋がりこそが銘酒への出会いなのだ、と。彼は私にそれを気づかせてくれたのだ。感謝しなければならないのはこちらの方なのに・・・。

 その後、例のお酒を店長の許可なく出したことが見つかり私は店長からこっぴどく叱られたが、後日、酔った店長が誤って自ら瓶ごと床に落とし、あの紳士との思い出深い"幻の銘酒"はあっけなく幕を閉じた。そして次の日、昨日のことを殆ど覚えていない店長は幻の酒の消滅に愕然としたが、なぜか私のミスで割ったことにされ、店を追われることになる。私の人生は再びお酒によって狂わされる羽目になったのだ。

 あれから半年が過ぎた。世間では99年の新しい年を迎えたばかりだ。新たな年になっても未だ不景気の波は止まらない。
 私は、現在しがないサラリーマンをしている。今日は仕事が早く終わったので、いつも立ち寄るお店にひょいと覗いてみた。新年があけても変わらない面々がそこにいる。笑顔の絶えない若旦那、いつも冷静な店長、元気のいいおねえさん。どっしり構えた番頭さん。そして私は新たな「お酒」と「人」に出会うべく、そこに座る・・・。「いつもの!」

終わり。